平成黒豚亭

場 黒豚亭とは

六白黒豚
 当店では阿蘇山のふもと「産山村」の契約畜産農家で、澄んだ空気と清涼な阿蘇の伏流水の中、丹精込めて育て上げられた熊本生まれの六白黒豚を召し上がっていただいております。
 豚肉は漢方でも疲労回復・滋養強壮の特効薬として扱われてきた食材で、特に六白黒豚は独特の甘味と風味があり、脂身には、オレイル酸やステアリン酸などのコレステロールの値を低下させる脂肪が多く含まれています。
 
<お願い>
 当店では一頭まるごとの仕入を行っておりますが、豚肉はお料理によって美味しく食べていただける部位が違うために、メニューによって品切れがありますことをご容赦ください。

蕎麦
 当店の蕎麦は、熊本県水上村の無農薬栽培された石臼挽き蕎麦粉を、毎日手打ちして召し上がっていただいております。
 そばに含まれるルチンは、血液をきれいにし、血圧を下げる働きのほかに、糖尿病になりにくくしたり、また心臓病の予防やボケを防ぐ効果があるといわれています。
蕎麦打ち
 手打ちで作る場合、ソバの実を乾燥させた後、石臼等で挽いて粉にした蕎麦粉ををこね鉢と呼ばれる木製の鉢に入れ、水を加えて練り上げる。これを打ち粉を広げた木の台に移し、巻き棒と延し棒と呼ばれる麺棒を使って板状に延してから、まな板に移し、小間板(駒板)と呼ばれる定規を当てながら蕎麦切り包丁で幅1-2mm程度の線状に切断して麺の形とする。そして最もポプュラーな食べ方は、冷やして締めた蕎麦を蕎麦つゆにつけながら食べるもり蕎麦と、軽く茹でた蕎麦を丼に盛り、温かいツユを張ったかけ蕎麦である。
水回し
こね
のし
角だし
切り
水回し こね のし 角だし 切り
 蕎麦粉を麺状に加工する調理法は、17世紀初頭に生まれたといわれる。古くは、同じく蕎麦粉を練った蕎麦掻きと区別するため蕎麦切りと呼ばれ、現在は、省略して単に蕎麦と呼ぶことが多い。また蕎麦屋の特色は、特に東京の場合、蕎麦を中心に品数があまり多くなく、酒を飲ませることを念頭においているところにある。特に蕎麦屋は現在の居酒屋の原型であり、昼間っから正々堂々と呑める数少ない場所である。

お米
 当店のお米は、米糖・油脂・魚粉をEM菌で醗酵させたEMボカシをれんげ田に施す「EM自然農法」で愛情いっぱいに育てたお米を、ふっくら美味しく炊き上げて召し上がっていただいております。
 EM菌は有機物を発酵させ、その環境を浄化する力を持っています。それは悪玉菌をやっつけますが殺菌剤ではありません。土場の微生物の勢力を”悪玉菌優勢”から”善玉菌優勢”に変化させる土壌の自然治癒そのものです。

つゆ
 日本古来からの伝統の味「かつおと昆布だし」を活かした「秘伝のつゆ」でしゃぶしゃぶをお召し上がり下さい。
 当店の鰹節は、鹿児島県枕崎で水揚げされたかつおを伝統の技法で加工しております。また。昆布は北海道の天然羅臼昆布を贅沢に使用し、深い味わいとなっております。

ロハス、スローフード
 ロハスとは地球環境保護と人間の健康を最優先し、持続可能な社会の在り方を志向するライフスタイルで、スピードや効率を重視した現代社会とは対照的に、ゆったりと、マイペースで人生を楽しもうというものです。

 スローフードとは「地域でゆっくり作られた食材を丁寧に調理してゆっくり味わって食べる」ことと言われます。


蕎麦倶楽部
 「旨い蕎麦」は、運命のように「旨い酒」に恋をする。 人目をはばかることなく、旨い蕎麦は、旨い酒と結ばれ、おなじように人と人をも結ぶ。この「庵」に談論風発の花が咲く。
寒山拾得(かんざんじっとく)
南條観山の描く禪画に登場する寒山も拾得の画  中国の唐時代末に天台山の国清寺に住んだという隠者、寒山とその分身である拾得の二人です。寒山は智慧を暗示する筆、巻紙を持っており巌窟に住み詩を書き、もう一方の拾得はいつも実踐を表象する箒を持っています、世俗を超えて飄々と遊ぶ悠然とした寒山拾得を日本人は、寒山が文殊菩薩で拾得が普賢菩薩の化身として捉えて来たと言われています。天真庵では、南條観山の描く禪画に登場する寒山も拾得も、いつもにこやかに笑っており、いかなる苦境に動じることなく平静な心にて大きな仕事を正確無比になしとげる姿勢に好感がもてるとし、あたらしい時代のそばを提案する、「蕎麦倶楽部 天真庵」のイメージにぴったりとしています。
 以下は、寒山の有名な詩ですが、さりげなく真理を提唱しています。
楽しいことは、思いきり楽しめばいい、そんなチャンスは逃しちゃいけない。
人生百年なんていうけれど、ほんとは三万日にも満たないほどこの世に居られるのは、わずかな瞬間だけなのだからカネのことで愚痴なんかこぼさないほうがよい。
教科書の最後にも書いてあるとおり死はとても悼ましいことだから。
壺中天(こちゅうてん)
壷中天の画  人間は常に強いばかりではありません。だから、自分に与えられた時間の配分をやりくりし、逃げ込み場所をどう使うか、またどんなところに逃げ込むかということが非常に大事になってきます。多くの人は、様々な趣味を持っていますが、その趣味が必ずしも逃げ込む場所となり得るでしょうか、それが逸脱するとせっかくの逃げ込む場所が逃げ込む場所でなくなります。例えば、美味しいものが好きでも食べすぎたら体を壊しますし、ゴルフが趣味でものめり込み過ぎたら仕事が疎かになります。逃げ込む場所には必ず「程」という限度があります。自分でどんなに欲しても我慢する克己心がなければなりません。言い換えれば、そこで自分の限界を知ることになります。人間の器量は余裕から生まれると言います。その余裕を養うのが「風流の道」つまり「壷中の天」なのです。現実の世俗的な生活の中に別天地とされる「壷」を持つことが非常に大切になってくると思います。壷中に天を持っている人と持っていない人ではその器量において雲泥の差が生じると思います。
五観の偈(ごかんのげ)
 「観」とは、心の眼で観ることを意味します。例えば「観光」という本来の意味は、過去の先人が残した光を心の眼で観ると言うことです。「観光」だからと、いいかげんな気持ちで神社仏閣を訪れる人もいますが、本来の意味を知って心得なければならないと思います。五観の偈とは、食前に唱える食する心構えが示される、五つの短い経文です。
一つには功の多少を計り、彼の来処を量る。
 感謝(他のものの生命に支えられ、犠牲の上に生かされている。感謝していただきます)
二つには己が徳行の全欠を忖って、供に応ず。
 反省(大切な生命を頂ける日々の生活を送っているか、反省していただきます)
三つには心を防ぎ、過を離るることは、貪等を宗とす。
 正しい心を育てる(形を大切にして、作法を重んじる。姿勢を正しくして、器を取り上げて、残さずいただきます)
四つには正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんがためなり。
 心身の健康(身と心の健康を保持するが故にいただく)
五つには成道のための故に、今この食を受く。
 菩薩道の実践(限りなく仏になるよう精進努力するが故にいただく)
皆様次の三つを肝に銘じ、食事を頂戴して欲しいと思います。
 一つ、自分が生きるために、動植物の尊い生命を犠牲にしていること。
 二つ、動植物の尊い生命を無駄にすることなく、感謝していただくこと。
 三つ、食することで得られた生きる力を社会のために役立てること。


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